"スタッフ紹介"の記事一覧

プロティアン・キャリアへの道 ~ 第5回「川の流れのように」

■川の流れのように 神戸ハーバーランドのお店では、主に「事務」を担当しました。タイムカード管理や、釣銭や小口現金の管理、パーティーの予約受付や、制服管理など、色々な業務がありました。 想像以上の激務で、茨木の実家から通うことが難しくなり、神戸で一人暮らしを始めたのもこの頃。食事もちゃんと取らなくなり、10kgほどやせてしまいまし…

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プロティアン・キャリアへの道 ~ 第4回「そして神戸」

■そして神戸 プレハブ旅行会社を退職して、全く自分を見失っていました。 住んでいるのは実家だし、食べるものには苦労しない。だけど何の目標も、目的もない。やりたいことも、何も思い当たらない。このままだと、引きこもりになってもおかしくない状況でした。 そんな中、1か月もたたないうちにかつての船会社の上司から連絡があったのです。(こ…

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プロティアン・キャリアへの道 ~ 第3回「22歳」

■22歳 なんの苦労もなく転職が決まったものの、自分の目標が定まらなくなってしまったのが旅行会社での勤務でした。私が転職したプレハブの旅行会社。グループ自体は、大阪でもかなり大きな企業グループなのですが、私がいたのはその子会社の子会社。地元ではそれなりに名前があるものの、地方では全く通用しない旅行会社でした。 プレハブなのは、駅…

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プロティアン・キャリアへの道 ~ 第2回「春よ来い」

■春よ来い 私が選んだ専門学校とは、「観光専門学校」という学校でした。旅行業界で働くために、旅行業法や旅行業約款、旅行実務や関税などを勉強させてもらう学校でした。 ろくな勉強もせず、ろくな就職活動もせず、たまたま見つけた豪華客船の会社に応募して、10倍を超える倍率での中で正社員として採用され、そこがわずか2年でつぶれてしまうとい…

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プロティアン・キャリアへの道 ~ 第1回「長崎から船に乗って」

スタッフのムラセと申します。「大阪市就労チャレンジ事業」を担当しています。2021年5月にA´ワーク創造館に転職してまいりました。なぜ、この仕事を選んだのか?をいまさらながら綴ってみます。 ■長崎から船に乗って 私は、1970年、大阪万博の年に大阪府茨木市で生まれました。(母には、「あんたが生まれたから万博に行けなかった」と…

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