プロティアン・キャリアへの道 ~ 第10回「道 / ええねん」

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■道

2019年12月、キャリアコンサルタントの資格は取れました。
相変わらず、X社で勤務は続けていました。目標は達成したものの、今度は次のアクションが見つからなくなっていたのです。

どの資格でもそうですが、資格を取ったからと言ってすぐに仕事にありつけるとは限りません。まして、キャリアチェンジともなると大幅に減収となります。なので、取ったはいいが踏み出すきっかけがありませんでした。X社を辞めるつもりもまったくありませんでした。

翌年、世界中を大混乱に陥れた事件が起こります。COVID‑19、 新型コロナウイルス感染症騒ぎです。なにやらおかしな風邪が、流行りだしたというのです。世の中全体がおかしなことになりました。しかもこの年母親が入院し、父の介護が始まってしまいました。父の介護のために毎週火曜日、午後から休まらければならなくなりました。

X社も大きく変革すると発表されたのです。翌年から、X社はなくなり親会社と一本化すると。大きな大きなうねりが私の心を襲いました。変わらなければならないと、思い始めたのです。母は、手術も無事終わり、父も落ち着いて生活でき始めたころ、転職を意識するようになりました。その時点で、明確なロードマップ(目標)を描いたのです。
まず、早期退職制度を使って転職を試みる。早期退職制度を使えない場合、転職はしない。転職するのなら、キャリアコンサルタントの資格が活かせるところ。その時選ぶ基準は給料では選ばず、業務の内容を重視する。とにかく、飛び込んでみて経験を積むことを優先する。

果たして、年末に近い11月に早期退職制度の案内が出ました。これは毎年あるわけではなく、この年はないと聞いていたので発表があったときは驚いたものでした。そうなると、自分が描いたロードマップに沿って行動を開始します。

早速、早期退職制度に申し込みました。時には早期退職を認められないということも聞いていたのですが、このコロナ過の中で、わざわざ動こうとする人も少ないだろうと思っていました。後から聞きましたが、やはり定員割れしていたそうです。ということで、早期退職制度を使って、退職できることになりました。

いよいよ、50代の就職活動の始まりです。



■ええねん

今年の初詣は西淀川区の「姫嶋神社」にお参りをしました。この神社は「やりなおし」の神社です。とても特徴的な鳥居があります。
「やりなおし」たい方は、ぜひお参りください。

ということで、50歳の就職活動です。早期退職制度には、再就職支援金という一時金上乗せと、再就職支援のサービスがありました。支援金は、1年分の年収額程度ですのであまり多いとは言えないのですが、これがあるとないのでは大違いです。

キャリアチェンジとなる場合大幅減収となりますので、この支援金はしばらくの命綱となります。
再就職支援のサービスですが、これは私には不要でした。すでに、キャリアコンサルタントの勉強で、わかっていたからです。でも、せっかくなのでP社のサービスを受けることにしました。大阪本町の、とあるビルの地下で説明会がありました。私を含めて15名ほどの人々が集まっていました。おそらく、皆さんそこそこ大きな企業で、これまで転職など経験もなく、まして、キャリアの勉強などしたことがない方々と思われます。私は、一番後ろの席で聞くことにしました。

説明員の方が、淡々と説明されています。なかなか具体的に、それも現実的なお話をされていたのですが、どんどん空気が重たくなるのを感じました。きっと、ご自身が思われていた希望と、現実とあまりにも乖離していてどうすればいいかわからなくなったのだと思います。私は一人、なぜかウキウキしていました。ウキウキしながら聞いていたのは、きっと私一人だと思います。というのも、かなり準備を進めていたのです。

51歳のキャリアチェンジ。やりたいことははっきりしているが、受け入れてくれるかどうかわからない。とにかく、数を送らなければならない。目標は50件と定めていました。しかも、公共の仕事が多いのでタイミングが肝心と思っていました。多いときは、1時間に1回ハローワークの案件を確認するといったこともやりました。

この年齢になると、書類選考で落とされる方が多いと聞いていました。
ところが、運が良かったのか、資格があったからか、面接まで行けたのは10件中3件ほどあったのです。
その中の1件が「A´ワーク創造館」です。

実は、ハローワークで紹介状をもらうときに「ただいま14件、お申込みされています。どうされますか?」と聞かれ、半分以上あきらめていたのです。それでも、一応受けておこうと紹介状をいただき、応募させていただきました。すると、面接の案内が…。

これまでも、面接を受けさせていただきましたが、こちらも何かしっくりくることはなく、こんなものだろうと思っていたのです。
ところが「A´ワーク創造館」の面接はちがいました。妙にしっくりくるのです。普通に話すこともできましたし、とても自然でした。
次の日二次面接の案内があり、次の週にはお伺いしていました。ということで、無事こちらで働くことになりました。
以上が、私のこれまでのキャリアの全てです。

まるで、ジェットコースターの様なキャリアを歩んできましたが、
この経験を少しでも多くの方のお役に立てられるようにしていきたいと思っています。
どうぞ末永くお付き合いくださいませ。

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